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by le-moraliste
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鬼嶋力也――車谷長吉「角栄総理に/この目で見た3億円」(『文藝春秋』)

異例の長期政権であった佐藤栄作内閣が終わりを迎えるとき(1972年)、次の総理として名を宣言していたのが、三木武夫田中角栄大平正芳福田赳夫の4人、通称「三角大福」組であった。結局次期総理となるのは田中角栄だが、総裁選では前代未聞の実弾(現金)が飛び交ったという。では、その現金はどこからやってきたのか。

小説家の車谷長吉が、今月の『文藝春秋』の特集「証言1970-1972」でそのときのことを少し書いている。「角栄総理に/この目で見た三億円」と題するエッセイで、当時現代評論社に務めていた車谷氏は、同社社長の鬼嶋力也が「S銀行」から受け取った現金3億円を、ウィスキーの壜に詰め込む作業をしたそうな。鬼嶋力也は、右翼の大物・児玉誉士夫系統の総会屋だという。鬼嶋力也という名は初めて聞いたし、インターネットで検索してみても目ぼしい情報は得られなかった。児玉誉士夫なら有名なので、ちょうど手元にあった猪野健治『右翼の大物』(ちくま文庫)から、「児島誉士夫」の章を選んで読んでみたものの、鬼嶋という名前はなかった。「木嶋力也」という別名(?)もあるらしいが、詳しいことはわからない。(要調査)

このエッセイによれば、鬼嶋は右翼でありながら新左翼系の総合誌『現代の眼』を現代評論社から発行していたという変わった人物なのだが、その鬼嶋は、田中角栄と同郷の新潟出身であるのに、福田赳夫の支援に回っていた。

ともに「金まみれ」体質の曲者同士として、たがいに日頃から近親憎悪を感じていて、鬼嶋は角栄憎しの思いから、角栄の一番の対抗馬である福田に肩入れしていたのである。鬼嶋の日頃の角栄批判は凄いものだった。
確かにその理由もあったろう。けれど、児玉誉士夫ら右翼と政界の関係からは、角栄支持に回ることはなかったのではないか。むしろ、佐藤栄作の兄、岸信介の系譜である福田赳夫を支援するのが既定のものではなかったろうか。(要調査)

それはともかく、現金を供給した「S銀行」はたぶん、住友銀行なんだろうけど、車谷氏の指摘で面白かったのは、「無論、S銀行としては『保険を掛ける』という意味で、他の『三角大』陣営にも同じように金を出したであろう」と述べているところ。財界もしたたかなものである。あと、「当時、上越新幹線敷設の準備が各工区ごとにすでに完了しており、『三角大福』の誰が勝てば、どの工区をどこの建設会社が請け負う、ということがすべて決まっていた」とも書いてある。なんだ、角栄の描いた「日本列島改造計画」にどの派閥も乗っかっていたのか。それは別段、批判することでもない。

※児玉「誉士夫」を児玉「富士夫」と誤記していたので―2年近く経って―訂正(2007.2.25.)
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by le-moraliste | 2005-05-11 20:28 | 雑誌