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by le-moraliste
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コップ一杯の水――日垣隆という人

日垣隆は好き嫌いの激しい部類の評論家と云えるだろう。人はその原理主義的なリアリズムに深みを感じないかもしれない。あるいは実践を伴ったそれがむしろ、結構な爽快感を感じさせることに感心する人も少なくないはずである。

彼を売文家と云えなくもないだろう。だが相応の背景なくしてはあれほどの多岐に亘る言葉を重ねることはそうできることではない。いや、その多岐にこそ、浅さを見出す人がいるかもしれない。

いずれにせよ、日垣隆という人の書く文章を、私は結構評価している。評価するに足る勉強量のみならず、隠されたものを見る批評眼も十分に備えているのではないかと思う。時に安易な文章を書くことも確かにはある。しかし、それを安易という言葉だけでは片付けられない何かがあることを、私は感じずにはいられないのである。

『週刊文春』11月9日号に掲載された彼の文章「父親になにができるか/子供をいじめで死なせない方法」。そのタイトルは彼がつけたものではないかもしれないけれど、そしてそれがまさに平凡を表現していると思わせるところ、そこに彼のネガティヴを見出す人もいるのだろうが、でも、実際に読んでみれば、それはなかなかに鋭いところがあるのだ。(でもここにある「鋭さ」は、実は結構な数の人たちにはわかっていることであると私は思う。にもかかわらず、この世相のもとで、そう実直に語れること。それを私は評価したい。)
日本だけで毎年三万人を超える自殺者には、それぞれ幾つもの誘因がある。断言できることなど、滅多にない。/それでも二つだけ、明言できそうなこがある。/第一に、自殺は「コップの水があふれるようにしてなされる」という点だ。
(中略)
一割しか水が入っていなければ、最愛の人が急逝しても後追い自殺をしようとは思わない。九割五分まで水が満ちていれば、友達が挨拶をしてくれなかっただけで自殺を思う。
(後略)
この一文は本文全体のささやかな一部でしかない。それでも、私が注目したのは、まさしく、この指摘こそ、様々な自殺の原因にまつわる(もっと云えば、人生そのものに深く関わる)大人たちが理解しえない(理解しようとしない)真実だからである。

この文章の結論については特別わざわざ書き記すことではないのだが、この一文だけは、記録にとどめたい。この人間の不甲斐なさ、脆さ。これこそ、私たちが知るべき、人間の本質の逆説的な深さなのである。
by le-moraliste | 2006-11-14 01:20 | 雑誌