本・雑誌・ニュース・頭の中のメモ・メモ・ひたすらメモ


by le-moraliste
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

read it !

読むべし。

「なぜ資本主義はヨーロッパで誕生したのか」

その通り、ウェーバーの話である。私は、この文章の正誤については保留するけれども。
[PR]
# by le-moraliste | 2006-11-08 00:13 | 独白

ある想ひ出

一昨日気づいたことなのだが・・・。

先月14日に劇団昴の『夏の夜の夢』(於三百人劇場)を観劇したことは前回記したけれど、実は当日、こんなことがあった。

その日は昼と夜の2回公演があり、私は昼の部のチケットを予約して、現場に向かった。劇場の受付で名前を云ってみると、「あれ? 私のチケットがない・・・」。予約されていなかったわけである。しかし、ところが、受付の方が「担当の者が夜の部にチケットの予約を入れてしまったのかもしれません」とおっしゃってくれて、この惑う私に空いている(こういう時のために空けてあったのだろう)チケットを贈呈してくれたのである(お金は払いますよ、ええ)。ま、忙しい最中、こんなこともあるだろう、とにもかくにも観られてよかったと思い、いつものように芝居を愉しんだ仕合せな私でありました。

のだが。一昨日、何の気はなしに携帯のスケジュール帳をちょっと見てみたら、14日の欄に「19時 昴」とおわすではあるまいか。・・・・ははぁ、なるほど。やはり私のミスですか、そうですか。

昴の関係者の方々ごめんなさい。
[PR]
# by le-moraliste | 2006-11-03 00:02 | 独白
もう2ヶ月も何も書いていないので、何か書いておこう。最近読んだ本、観た映画・演劇について。

①佐伯啓思『20世紀とは何だったのか』(PHP新書)

②坪内祐三『考える人』(新潮社)

③映画『アイランド』

④映画『パールハーバー』(DVD)

⑤演劇『雛納い/酸いも甘いも』(劇団昴)

⑥演劇『夏の夜の夢』(劇団昴)

こんなもんかな。あまりに少ない。時間がないから仕方ないかもしれないけれど、時間は見つけることはできるわけだし、もっと本を読まなくては。新聞さえ、満足に読んでいない。がんばろう。

それぞれの感想はまた後日。
[PR]
# by le-moraliste | 2006-10-16 00:20 |
再びメモ。

相撲の力士はおよそ30歳前後で引退することが多いが、その若さのためその後の人生はあまりに長い。年寄株を所有できる者はわずかで、多数が相撲とは別の人生を歩むことだろう。

その中で、私が驚いたエピソード。
出世頭は大正期に幕下筆頭まで務めた大谷米太郎だろうか。廃業後、さまざまな事業に手を染め、大谷重工業を基盤に大谷グループの総帥に登り詰めている。ホテル業にも進出し、ホテルニューオータニを経営、蔵前国技館の建設にも協力した。
https://member.jinjibu.jp/special/column05011701.html
大谷グループの規模・評判については知らないが、なかなか驚くべき人生である。
[PR]
# by le-moraliste | 2006-08-21 02:59 | メモ

お盆明けの覚書

ちょいとメモ。

緒方竹虎が朝日新聞の元主筆だったとは、知っていたような知らなかったような、意外な事実。

日本軍が惨敗を喫したノモンハン事件。日本軍の愚かしさでよく知られた戦闘だが、坪内祐三によればこのノモンハン事件の真実を知って、村上春樹は『ねじまき鳥クロニクル』や『アンダーグラウンド』などの本を書いたらしい。まてよ。ある実際の殺人事件を題材に犯人らへの綿密な取材等を通じて書き上げた、トルーマン・カポーティの『冷血』が執筆のきっかけだと最近聞いたのだが。いやまてよ。村上はずっと前から(小説を書き始める前から)カポーティの愛読者だったはずだから、どちらかと云えばノモンハンが有力か。

佐伯啓思『20世紀とは何だったのか』(PHP新書)を読んでいる最中だが、多少メモしておきたいこととして、1889年生まれの著名人が結構多いらしいこと。ハイデガー、ウィトゲンシュタイン、チャップリン、トインビー、ヒトラー、ウォルター・リップマン・・・。結構、すごいラインナップだ。
[PR]
# by le-moraliste | 2006-08-20 03:05 |
ちょっと(いや、かなり)古いものを引っ張り出してみると、1月19日号の『週刊文春』の短いエッセイ。かの御大・水木しげるがよせた(まだまだ現役だ)、“(談)”だからきっと編集者に語りきかせたものを書き起こしたもので、題して「『徹夜自慢』は早死にするぞ」ときました。

日本人はまじめに働きすぎる、だから早死にする努力家が多いのだと語る、非常に個人的な経験も踏まえた水木しげるの文章(語り)はなかなかおつなもんで、ありきたりな内容なのに、なんか妙に頷いてしまうのである。本気で頷いてしまったのは、「あの戦争も、日本人がマジメな頑張り屋だから起こったんじゃないでしょうかね。少なくとも長引いたのはマジメだからですよ」。そう云われればそういう気もし、よくよくこの言葉を考えてみればますますそういう気がしてくる不思議な説得力をもっていまいか。

“マジメ”に日本の自立自衛を考えなかったならば、“クソマジメ”にアジアを背負おうとしなかったならば、“バカみたいにマジメ”に近代国家の道へと進もうとしなかったならば――。もちろん今の先進国日本はないだろうが、そこそこに幸福な一国家ができあがっていたかもしれない。もっとも、明治維新も“マジメ”な若者たちがいたればこそ、成し得たわけではあるが。少なくとも、キッパリ諦めていたならば、あの戦争を幸福な形で終わらせられていただろうことは間違いあるまい。


先週土曜には劇団昴『猫の恋 昴は天に昇りつめ』を観劇。朗らかでありながら結構辛らつな劇で楽しゅうございました。読んでいる本は、今話題の安部晋三『美しい国へ』(文春新書)。10代の若者向けに書かれた意図からか文章が平易で特別難しいこと、刺激的なことは書かれてはいないが、その素朴さが安部氏自らペンを握ったのだろうと思わせかえって好感を持たせる。細かい政策などどうでもいい。書いた人、その人の人となりがわかれば、政治家の著する本としては十分であろう。その点、安部氏の生い立ちが垣間見えて興味深かったし、安部氏の生の声が伝わるようで心地よい文章だ。

まぁ、私が心配するのは、やはり安部氏はまだ首相には早いのではないかということ。日本の内政・外交において、現状、安部氏の登場が最上であることは言を俟たないが、安部氏自身の力がその期待に応えられるかどうか、私はまだ疑問に思ったりするのである。
[PR]
# by le-moraliste | 2006-08-01 01:00 | 雑誌
北原白秋「邪宗門秘曲」、何度も読み返して気に入ってしまったのでそれが収録されている文庫本を探し見つけたはいいものの、なんと漢字が新字体。体の力が抜けてしまった。なお、新潮文庫の『北原白秋詩集』(神西清編)である。

先週観たものとして、劇団昴の『億万長者夫人』。福田恆存原作のそこそこに有名な芝居である。福田恆存戯曲の芝居を観たのは正確には実はこれが初めてで(以前公演された『罪と罰』は福田恆存の手をかなり離れたものだったようだ)、「あの福田恆存がねぇ」と思わせるような愉しい喜劇だったが、劇としての出来はイマイチだったような気がするのだ。戯曲のほうを読んでみないことには正しい評価はできないかもしれないが、最後、終幕あたりの流れの悪さ、科白の緊迫感の欠如などは残念に思う。

映画を観る時間はなく(いや『半落ち』を観たのを思い出した。つまらなかった)、没頭して読んでいた本は佐藤優『自壊する帝国』。いま、このときに読むつもりはなく買った本だったが、ちょっと最初のページをめくってしまったのが悪かった。他に読まねばならん本があるのだが、最後まで読ませたのはこの本があまりに面白かったからである。その1点は90年前後のロシア(ソ連)の実情が興味深かったこと。党と軍とインテリと大衆がこのように絡み合ってソ連は崩壊していったのだとよくわかるなかなかのノンフィクションである。

もう1点は佐藤氏本人のわかりがたさ。本書は佐藤氏の自伝のような性格もあるのだけど、結局、読了して佐藤氏の中身がよくわからなかった。素直に読めば、勉強熱心で外交官としての狡猾さもあり筋を通す好人物だということは読めばわかるが、なぜ彼が勉強熱心なのか、その狡さはどのようにして身につけたのか、なぜそれほどまでに自己を貫き通せるのか、それがはっきり見えてこなかった。見えないからこそ、佐藤優という人物に注目したくなるのだが。

ロシア――昔は熱中したものだけど、やっぱり私はこの国が好きだ。どうしようもなさは相変わらずだが(それがまた魅力的)、本書の一挿話としてでてくるアノ場面、人間の賢さも狡さもすべて抱え込もうとするロシア人インテリたちの執念が語られ、『カラマーゾフの兄弟』の登場人物たちが今にも隣室からひょっこり顔をだしてきそうな空気が広がる部屋の場面、それがとても嬉しいことと思ってしまうのはなぜだろう。懐かしくも思ってしまうのはなぜだろうか。

で、今読んでいるのは佐伯啓思『学問の力』と同『20世紀とは何だったのか』。前者を読んでいたのに、つい、電車の中で読む本をと思い見つけた本が後者で、以前途中まで読んでいた形跡があったので続きでも読むかと手にしたらこれがまた結構面白い。結局、両方を並行して読んでいる今。
[PR]
# by le-moraliste | 2006-07-10 00:31 |

北原白秋「邪宗門秘曲」

音楽と云えば洋楽、それもHR/HMしか聴かない。昔、音楽を聴き始めた頃は邦楽もよく聴いていたけれど、そのほとんどがロックだったため自然な流れでアメリカのロックに関心は移り、現在、邦楽は全く聴かない生活となった。

その理由はいくつかあって、ひとつは邦楽の歌詞の幼稚さ。あまりに無邪気な言葉が大の大人によって綴られては当然、気持ち悪いものを感じないわけにはいかない。一方、洋楽であれば歌詞は英語であるのだから多少、内容に乏しいものであっても゛音楽的″に楽しめたりする。いずれにせよ、日本の楽曲の歌詞はあまりに幼稚だ。

そう私が考える根拠は、それなりの判断基準があるからである。例えばボードレールの詩、それを一片でも読んでいれば、詩とはいかなるものか、かくあるべき詩とは何かが誰でもわかるだろう。多分に狡いことかもしれないが、ボードレールの詩を愛する私には、邦楽の歌詞はとても詩とは云えないのだ。詩を構成する言葉のひとつひとつの未熟さ、語られる思惑の幼児性。人は読んで気恥ずかしくならないのだろうか。

なにもペダンティックにボードレールを持ち出さなくても、日本には結構素晴らしい詩がある。高村光太郎の詩もそのひとつだろう。『週刊文春』6月8日号の高島俊男「お言葉ですが・・・」を読んで知った北原白秋の詩もまた、カッコイイ詩の代表だ。(なるたけ旧字体を使用。)
われ思ふ、末世の邪宗、切支丹でうすの魔法。
黑船の加比丹を、紅毛の不可思議國を、
色赤きびいどろを、匂鋭きあんじやべいいる、
南蠻の棧留縞を、はた、阿剌吉、珍酡の酒を。

目見靑きドミニカびとは陀羅尼誦し夢にも語る、
禁制の宗門神を、あるはまた、血に染む聖磔、
芥子粒を林檎のごとく見すといふ欺罔の器、
波羅葦僧の空をも覗く伸び縮む奇なる眼鏡を。

屋はまた石もて造り、大理石の白き血潮は、
ぎやまんの壺に盛られて夜となれば火點るといふ。
かの美しき越歴機の夢は天鵝絨の薰にまじり、
珍らなる月の世界の鳥獣映像すと聞けり。

あるは聞く、化粧の料は毒草の花よりしぼり、
腐れたる石の油に畫くてふ麻利耶の像よ、
はた羅甸、波爾杜瓦爾らの横つづり靑なる假名は
美くしき、さいへ悲しき歡樂の音にかも満つる。

いざさらばわれらに賜へ、幻惑の伴天連尊者、
百年を刹那に縮め、血の磔脊にし死すとも
惜しからじ、願ふは極秘、かの奇しき紅の夢、
善主麿、今日を祈に身も靈も薰りこがるる。
                 北原白秋「邪宗門秘曲」
意味はわからなくても日本語のリズムのよさは誰でもわかるし、言葉のかっこよさもずば抜けている。詩は文語体が最良だが、現代語でも不可能ではないはず。そんな詩を読んでみたいもんだ。


ところで。おなじ高島氏の連載で知った真実。ご多分に漏れず「予言」と「預言」は別物だと思っていたのだが、なんと、同じ言葉だったとは。「豫」の簡略体が「預」と「予」であるから、「予言」と「預言」を別の意味にとるのは全くのデマだとか。辞書も間違っているらしい。これには驚いた。
[PR]
# by le-moraliste | 2006-06-26 04:53 | 雑誌
ワールドカップのブラジル×オーストラリア戦を横目に観ながら、そして日本の絶望的試合を確認したあと、短評をいくつか。

▼映画『タワーリング・インフェルノ』
ポール・ニューマン、スティーヴ・マックィーンらが出演するなかなかいい映画だった。高さを競ってビルを建て続けるだけで、安全性を蔑ろにしている社会を小馬鹿にした映画。現在とは大分時代背景が異なるが、いつでも、今でも、何かを犠牲にしつつ社会が前進しているのは変わらぬ事実。それを糾弾することを正義となすことも、また変わりばえしない人間の自己満足。

▼原武史・保阪正康『対論・昭和天皇』(文春新書)
非常に面白い内容。国民の命より「三種の神器」に拘り続けた(それが本当かどうかは疑問)昭和天皇の苦衷は、わからぬものでもない。まだまだ不明な部分が多い皇室の実態、世情の変化に翻弄される歴代天皇の立場の微妙なブレがまた、興味深いのである。

▼東野圭吾『白夜行』(集英社文庫)
大傑作。遠くない最近にテレビドラマ化されてこの本の存在を知ったという東野圭吾知らずの私だが、ドラマ化が本を読む契機となることはまずありえないとして、読もうと思ったのは福田和也のこんな言葉。東野氏が『容疑者Xの献身』で今年上半期の直木賞を受賞したとき、福田氏は『白夜行』のほうがずっといい、と云っていた。ならば、と思い、その言葉を目にしてから数日とおかずこの本を買った。

なぜ東野圭吾の本を読もうと思ったのか。それまで関心のもたなかった著者なのに、とすれば、やはりドラマ化の影響は拭えないかもしれない。直木賞受賞は最大の理由とはならないし(当然)、福田和也の言葉も同じく決定的ではない(福田氏が薦める本の数は膨大)。なんて考えれば、ドラマ化という話題性(さらに云えば、ちらっと観たドラマで武田鉄矢が風変わりな役を演じていたことが印象に残っていた)が大きいのだろうなぁ。

でも。これぞまさにミステリーなのだろうという本だった。睡眠時間を惜しんで毎夜読み続けた本というのは久しぶりである。正直、誉れ高き宮部みゆきの本よりもずっと面白かった。ミステリー素人だからだろうけど、20年という時間軸をかけた話の仕掛けには唸らせられたし、過剰でもなく不足でもない挿話の使い方は巧みで、よくありがちな著者の言葉の酔いが全く見られなかった(それはそれで淡白に映るかもしれないが)のもよかった。小林信彦が云う優れた小説の条件、「ノリのある小説」とはまさに、この小説のことを云うのだろう。800ページを抱えつつ最初から最後まで緊張感を持続させながら読ませてくれる小説は、なかなか少ないものだ。そして、テレビドラマのほうも観たくなってしまうのである。

それにしても。オーストラリアはブラジル相手になかなかいいサッカーを見せている。日本は、あまりに弱かった。
[PR]
# by le-moraliste | 2006-06-19 02:58 |
映画『ダ・ヴィンチ・コード』が公開されて結構な人が入っているようで、原作をそこそこ面白く読んだ私も観てみたい気はするのだが、実際に観た人の感想をいくつか読んでみると意外に評判がよろしくない。2時間という時間に収めきれなかったのか、映画演出自体の問題なのかは知らないけれど、期待する映画というものはほぼ確実にその期待を裏切られるというセオリーでもあるのか、それもまた仕方あるまい。

逆にそのような期待をまったくもたずに観る映画にはときどき目が覚めるような傑作もあるわけで、先日借りて観たDVD『フォーン・ブース』はまさにそれ。ジョエル・シューマカー監督、コリン・ファレル主演のそれは私が今までに経験したことのないようなタイプの映画で、ほぼリアルタイムの時間の流れで電話ボックスの中でのみ「事件」が進行していくサスペンス。見えない「敵」と命を賭して語り続けるファレルの演技が素晴らしく、特に最後の「告白」の場面は唖然とするほどかっこよかった。

現代に溢れる、嘘で身をかためた浮薄な男を「外」から批判するのはよくあることだけど、その男の心理を「内」から丹念に追い続けることは結構難しいこと。それを見事に鑑賞させてくれたこの映画は貴重である。

映画ばかり観ていてもよくないわけで本も当然読んでいて、原武史・保坂正康『対論 昭和天皇』(文春新書)と筆坂秀世『日本共産党』(新潮新書)。最近新書ばかり読んでいるなと反省の意識もあるが面白いものが多いのだから仕方ない。

前者は近代天皇史に独自の視点を持ち込んで興味深い議論を続ける原武史が昭和天皇を語るということで読み始めたが、その途中で筆坂氏の本を手に入れてしまい、これがなかなか評判がよろしいので前者を放っておいて後者を読んでいるという始末。

共産党批判はだいたいが外部の人間からなされるものであるから、元最高幹部のひとりであった筆坂氏の筆致に期待している。途中まで読んだ印象では、筆坂氏もまだ共産党の存在意義をわずかだが捨てきれないようで、しかしそれだからこそ見えてくる視点もあるかもしれない。つまり、完全に否定する人であれば否定する理念の一片の妥当性(どんな理念にもそれなりの根拠があるもの)にさえ目もくれないが、人生の大半を共産党に捧げた筆坂氏の微妙な立場からは、共産党の不可能性と同時に日本社会の不可能性もほのかにうかがい知れるかもしれない。今読んだところでは、そういう期待を感じさせる内容であることは間違いないだろう。単なる暴露本ではない一冊である。
[PR]
# by le-moraliste | 2006-05-29 03:40 | 映画