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by le-moraliste
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伊藤静雄と江藤淳と石原慎太郎

つらつらと本棚を眺めていて、はたと手にとったのが江藤淳の追悼号雑誌。「追悼 江藤淳」を特集している雑誌はほとんどすべて持っていて、懐かしく、いくつかの雑誌をパラパラとめくってみた。

江藤淳が自殺したのは1999年7月21日夜。ちょうど10年前になるのか。

当時読んだ追悼文のなかで出色だと思ったのは、吉本隆明と福田和也の文章だった。

『文藝春秋』には石原慎太郎の文が掲載されている。自殺の直前まで江藤淳と大きな意味のやりとりをしていたことが回顧されているあの文章である。今回再読してみて、実に良かった。石原氏にしか書けない内容、文章で、自分は石原慎太郎の文(体)が好きなんだなあとふと思いもした(余談だが、石原慎太郎の文章において、慎太郎はいつも絶対的に正しい。婉曲的であろうとも、慎太郎の正しさを本人はつゆとも疑ってはいない。そういうところに好き嫌いが分かれる理由があるだろうけど、慎太郎に対してそういう疑念をもつことそれ自体が無意味だ。「正しい」石原慎太郎を私たちはただ、味わえばよいのであり、そしてそれは十分に価値あることなのだ)。

そういうこともあり、石原慎太郎と福田和也の対談も読んだ(『文学界』)。

あまり噛み合わない対談ではあるのだけれど、後日、福田和也「絶望の獲得」という短文(『南部の慰安』所収)をなんとなく読んでいたらある人物について触れられており、たしかこの対談でもその名があがってきたのではなかったかと思い出して、ふたたび『文学界』をひらいてみた。

その人物は、詩人の伊藤静雄。

江藤淳の書いた『石原慎太郎論』が最良の慎太郎論だと福田和也が語り、その本の冒頭に伊藤静雄の詩が引かれているという。それは。

「すべてのものは吾にむかひて

 死ねといふ、

 わが水無月のなどかくはうつくしき」

               ―『水中花』


(つづく)
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by le-moraliste | 2009-06-06 02:43 | メモ