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by le-moraliste
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難解な、あまりに難解な――三木清『人生論ノート』(新潮文庫)①

次は何を読もうかと思うと、いくらでも読みたい本はでてくるのだが、これという決め手がない。そこでW氏(誰? という方は本サイトの「ゲストブック」へ)に触発されたこともあり、三木清『人生論ノート』(新潮文庫)を読むことにした。これは同時に木田元『新人生論ノート』(集英社新書)を読むための布石でもある。(いや、それよりも途中で放置されている木田元『偶然性と運命』(岩波新書)をまず読むべきかもしれないが。)もちろん、三木清を読むことには十分意義があるだろうという期待はあるので、はたして如何。

『人生論ノート』は雑誌『文学界』に連載されたもの(昭和13年~16年)を中心とした随筆集である。しかし、難解な、あまりに難解な随筆。わずか15ページ読むのに2時間も費やした私の苦労がそれを反映している(私はとりたてて読解力が劣っているとは思えないのだが)。その難解さは、いくつか引用する文から、簡単にわかってくれるだろう。(以下、各章ごとに感想。)

【「死について」】
三木清は、「死」は「心の落ち着き」「平和」であると云う。近親者の死に幾たびか出会ううちに「死」に対する恐怖心は薄らいでいき、病者は死の瞬間に「平和」を感じることを目撃した。そして三木は自身をふりかえって、病気について逆説的にこう述べる。

病気の場合のほか真実に心の落ち着きを感じることができないというのは、現代人の一つの顕著な特徴、すでに現代人に極めて特徴的な病気の一つである。
「健康」であるときに「心の落ち着き」を感じられない、そこに現代人の病があるというのは現代社会論として面白い。「健康」は本来、無自覚なものである。しかし、現代人は「健康」を「病気」からの快復として自覚的にしか捉えることができなくなっている。その精神状態は「浪漫的」であると三木は云う。

浪漫主義というのは一切の病的なもののことであり、古典主義というのは一切の健康なもののことであるとすれば、死の恐怖は浪漫的であり、死の平和は古典的である。
ここでのロマン主義、古典主義の使い方・意味は、正直、私にはよくわからない。この「病的」「健康」とは何を指しているのか。少なくともロマン主義を否定的に考えているのは確かであり、「死」を「平和」ととらえる姿勢は、古代ギリシャ哲学の何か、近代哲学以前の何かに影響を受けているのだろう。ただ、三木が挿入している、モンテーニュの「最上の死は予め考えられなかった死である」という言葉は覚えておきたい。そして。

死は観念である。そして観念らしい観念は死の立場から生れる、現実或いは生に対立して思想といわれるような思想はその立場から出てくるのである。
唐突に、「死」は「観念」であると告げられる。なぜそうであるのか、ここでは十分に説明はされない。「死」は生者に体験できない以上「観念的」であるのは確かであるが、しかし、「死」に「観念」を見るところに「浪漫主義」の危うさを感じないだろうか。私にはそう思える。さらに。

執着するものがあるから死に切れないということは、執着するものがあるから死ねるということである。深く執着するものがある者は、死後自分の帰っていくべきところをもっている。それだから死に対する準備というのは、どこまでも執着するものを作るということである。私に真に愛するものがあるなら、そのことが私の永生を約束する。
これはなんとも逆説的であるが、なるほど、一般に「生」への執着が「死」への恐怖をもたらすとすれば、これはその転換であり、執着するものがあることによって「生」と「死」を連続的なものとなることを三木は暗示している(だが、「死後」を言及するあたり、これもロマン主義的ではあるまいか)。事実、「死者が蘇りまた生きながらえることを信じないで、伝統を信じることができるであろうか」と続けて、「伝統」を介在に「生」と「死」の接合を試みる。この「死について」で最も重要な部分はそれに続くこの文章である。

蘇りまた生きながらえるのは業績であって、死者ではないといわれるかも知れない。しかしながら作られたものが作るものよりも偉大であるということは可能であるか。原因は結果に少なくとも等しいか、もしくはより大きいというのが、自然の法則であると考えられている。その人の作ったものが蘇りまた生きながらえるとすれば、その人自身が蘇りまた生きながらえる力をそれ以上にもっていないということが考えられ得るであろうか。もし我々がプラトンの不死よりも彼の作品の不滅を望むとすれば、それは我々の心の虚栄を語るものでなければならぬ。しんじつ我々の愛する者について、その者の永生より以上にその者の為したことが永続的であることを願うだろうか。
「作者」=「原因」は「作品」=「結果」に優越すると三木は云う。ここにハイデガーの影響をみないわけにはいかない。三木清本人が直接指導を受けたハイデガーは、芸術の本質を「鑑賞者の美的体験に依拠するか、創作者の体験を拠りどころにするか、それとも芸術作品そのものに問いかけるか」(木田元)において、ニーチェと意見を違えた。

ニーチェは従来の美学が鑑賞者の体験に即して形成された〈女の美学〉であったのに逆らって、その芸術論を〈芸術家という現象〉に即した〈男の美学〉として構想した。それに対してハイデガー自身はあくまで芸術作品そのものに向けて芸術の本質を問おうとする。

ハイデガーの考えでは、芸術作品の本質は物や道具の概念から出発してはとらえることができず、むしろ芸術作品のうちではじめて物が何であり、道具が何であるかが見とどけられるのである。

偉大な芸術作品は、物が物として、道具が道具として存在しうるような〈世界〉をはじめて見せてくれる。(木田元『哲学と反哲学』講談社学術文庫)
芸術作品を「鑑賞者の体験」に委ねるというのは、もう少し意味を広げて考えればハイデガー以後(?)の現象学を想起させるが、ニーチェが芸術の真実を「芸術家」=「作者」に見たのに対し、ハイデガーはそれを「作品」そのものに見出した(『芸術作品の起源』『芸術としての力への意志』)。三木清の考えはそれへの批判とも考えられるが(と同時に三木はニーチェに接近することになるが)、三木の話は芸術をめぐってのものではないのではっきりとは云えない。三木は、ただ「生」と「死」をつなぐものの所在を明らかにしたいだけなのかもしれない。「作品」の永遠の期待は「作者」の永遠を望むことに他ならないという「真実」を語ったのは確かである。そして、そういうものとしての「伝統」について、三木はこう述べる。

絶対的な伝統主義は、生けるものの生長の論理ではなくて死せるものの生命の論理を基礎とする。(中略)過去は何よりもまず死せるものとして絶対的なものである。(中略)この〔死者の〕絶対的な生命は真理にほかならない。
確かに「過去」を否定することは不可能である。その意味で「死」は絶対的であるし、「真理」でもある。この伝統主義の起源を、三木は、キリスト教の「原罪」に見ている。ここもよくわからないところであるが、興味深く感じたのは、近代主義の「始と終」を「原罪」の体験から「病気」の体験への移行に由来させているところである。(「病気の体験が原罪の体験に代わったところに近代主義の始と終がある。」)

絶対的な過去=「死」を、個人の「病」に置き換えたとき、それは絶対的なるもの=「神」の「死」を予言するであろうし、そこに個人の絶対化が生まれる。それは同時に「生」の絶対化である。そこから、文字通り「過去」の「死」がやってくる。「死」は「生」と断絶されるわけである。三木は「死」を回復する手立てとして伝統主義並びに「死」の「平和」を主張したのかもしれない。三木によれば「死」は「観念」であるのだから、「観念」の〝死″を見過ごすことはできなかったのかもしれない。

以上、不勉強ながら、三木清「死について」の個人的感想である。三木清の文を読むとき、十分な読解力は無論、前提となる相当の知識が必要であり、一般読者に向けて書かれたものとは思えない。人にもわかる論理を尽くそうとしない(そもそも文章が論理的に見えないところがある)その居丈高な態度は、不愉快ですらある。それゆえ、誤読もまたしやすい。私も誤読をしていないという自信は、毛頭ないのである。これに続く随筆に期待したい。(ちょっと加筆=2005.6.9.)
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by le-moraliste | 2005-06-07 06:31 |