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by le-moraliste
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母性の崩壊――江藤淳『成熟と喪失』②

『成熟と喪失』の主題は、サブタイトルにあるように「母の崩壊」である。江藤淳は、安岡章太郎『海辺の光景』小島信夫『抱擁家族』に登場する男女の葛藤を例にとりあげつつ、「母」と「子」(主に息子)の密着性が日本の定住者的・農耕的社会に由来すると云う。農耕民族と狩猟民族との文化的差異はよく指摘されることで特段珍しいものではないが、その密着性が近代社会の到来によって教育制度が確立され、誰でも出世することが可能になった、つまり「自由」となったことで崩れていったと述べる。

信太郎に対する母の「圧しつけがましさ」は、流動性のある社会、あるいは誰でもが「騎兵」になる可能性をあたえられている社会に生きる母の心に生じる動揺の表現である。(『海辺の光景』について)

「教育」というかたちで「家」のなかに忍びこんで来た冷い無機質の「近代」というものが、「むづかりては手にゆられ」ていた息子と彼女との動物的な親しさを切断する。(同上)
近代以前の母子密着の関係については、なんとはなしにそう納得していたけれども、講談社文芸文庫版の「解説」で上野千鶴子がこう指摘していて、はっと気づいた。

江藤がうすうす気づいているように、「農民社会」でのなかでは「母子密着」などおきようがない。母親は労働に忙しいし、母は子にたんに無頓着なだけである。いずれにしても伝統社会のなかでは子供たちはたいして手もかからずに育ち上がる。

「母子密着」が起きるのは、「近代」にはいってから、中産階級のあいだでのことである。生産の場から放逐され、「母」であることにだけ存在証明がかかるようになった「専業の母」が成立してからのことである。
上野のこの発言に全面的に同意するわけではないけれども、確かに母と子の関係が接近したのは、農業社会から工業社会へ移行した近代になってからかもしれない。そうすれば、「母子密着」というものは、日本に最初から"なかった"と云えることにはならないか。文化を父性と母性に切り分けるとすれば、日本は母性に位置付けることに違和感はないのだが、このあたりはもう少し勉強しなければならない。

その点をうまく指摘しているのは大塚英志である。『サブカルチャー文学論』(朝日新聞社)から。

江藤が嘆いているのは、一面に於ては近代の作られた伝統としての「母性の崩壊」に他ならない。
伝統というものが往々にして近代に創られることは、最近よく論じられるところである。江藤淳の云うような「母性」が近代によって創られたとするならば、その同じ近代が教育制度によって「母性」を崩壊させていくという、一見なんだかよくわからない構図が目の前に広がってくる。それは、近代が抱える二律背反によるものなのか、あるいはそもそも日本は「母性」社会ではないのか。「母性」とは一体なんなのか。また調べてみる必要があるようだ。


【追記-a】
同書で江藤淳は、こう記している。

エリック・エリクソンはその『幼年期と社会』のなかで、太古の人類にとっては果てしない大地のひろがりそのものが母性と考えられており、農耕文化の開始とともにこの「母」と人間との葛藤がはじまったといっている。
この文に続いて「罪」に関する興味深い考察が展開されるが、ひとまず措く。エリクソンのこの本に着想を得て江藤淳は『成熟と喪失』を書いたのであるから、ここに立ち戻らなくてはいけない。この部分にあるように大地が「母」であるということは、「母子密着」はやはり定住社会の本質であることになる。つまり、現実の「母」が家にいるかどうかという問題ではなくて、大地という「母」との関係を問うているのである。だから、一概に近代との関係で「母性」が語られているとは云えず、語るべきはむしろ、近代の流動性によって土地への帰属意識が希薄化するということ、すなわち、「母子密着」が無効になっていくということである。そうするとやはり、近代という時代が「母性」を毀損させた、というのが江藤の原認識であろう。(2005.5.26./5.29.)


【追記-b】
坂本多加雄『スクリーンの中の戦争』(文春新書)を読んでいて見つけた部分。

そもそも、日本は建前としては家父長制の父系社会だったけれども、実質的には母系社会の側面が強かったんです。皇室をはじめ上流社会でも、本来の父系社会であればこそ長子が無条件に跡取りになるはずですが、母親の家柄が優先されました。
「母親の家柄が優先」とは、どういうことか。複数の母親を仮定しているならば家の跡取りは長男に限らないということになるし、単に妻を選ぶ基準が厳しかったということならば、それもわかる。いずれにしろ、家系ということにおいては、「母系」が「父系」に劣ることはなかったことは間違いないようだ。(2005.5.29.)
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by le-moraliste | 2005-05-24 14:40