人気ブログランキング | 話題のタグを見る

本・雑誌・ニュース・頭の中のメモ・メモ・ひたすらメモ


by le-moraliste
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31

皇太子の二律背反――福田和也『美智子皇后と雅子妃』(文春新書)

毎週『週刊文春』を読んでいるからだろうか、ここ最近、雅子妃のことが非常に心配でならない(『文春』にはほぼ毎号、皇室、とりわけ雅子妃の現状について、比較的批判的な、だが冷静な記事が掲載されている。女性誌の皇室関連記事などはどうでもよい)。ときには絶望的な気持ちになることもある。いったいなぜこうなってしまったのか。単に皇太子妃のご病気ではすまされない事態である。

ふたりのご結婚当初には全く予想できなかった状況。他の人もそうであろうが、私はふたりの未来に比較的、明るいものを見ていた。聡明で溌剌とした皇太子と才色を兼ね備えた現代的な雅子妃の契りに高い可能性を感じ取れたからである。だが――。大袈裟ではあるが、今、皇室はほとんど崩壊の危機に直面しているようにも見える。この問題は、少なくとも明治以降の皇室の有りようを振り返らなければ理解できない非常に困難なことがらである。

何度か、月刊誌『文芸春秋』に掲載された福田和也氏の皇室関連論文を読んだことがあった。相変わらず、内容はとても奥深く関心を至極そそられるものだったが、それらを中心にまとめた新書が出版された(『美智子皇后と雅子妃』文春新書)。昨年の10月のことである。読書の時間をまともにとれず本屋にさえなかなか足を運ぶことが少なかったので、それを購入したのは最近だったのだが、つい先日読み終えたばかり。非常に面白い。そのまとめ及び感想。

現行憲法の時代になって皇室にもらたした変化のひとつは、皇族の子弟の教育環境である。誕生後すぐに父の下から遠ざけられた今上陛下は、昭和天皇の強い支持もあり、美智子皇后とともに子息皇太子を自らの手で育てることを決意した。家庭の味を知らないと漏らしたことがあると云われる陛下の孤独。だが、そうして育てられた皇太子にとって家庭こそが孤独と拘束の根源になるとは陛下も想像できなかったに違いない。

それは美智子皇后と皇太子の黙契がもたらしたものだ。新しい時代の先頭を行かざるを得なかった美智子妃は、旧来の皇室の伝統と時代が求める新しさの狭間で恐ろしく困難な立場を生きてこられた。その努力は特に教育の面で発揮されている。子供の自主性を促しつつ、躾に厳しい教育は、当時の母親たちの理想とされた。その美智子妃の教育の下で育った浩宮に期待された自主性は、かなり複雑なものだ、と福田氏は云う。
何でも自分でやりなさい、一人で遊びなさい、という自主性の促進は、自立にはけしてたどり着けないものであるからだ。/なぜなら、浩宮は、自主性を自立へと発展させるための自由を奪われているからである。
自由なき浩宮の自主性は、自立ではなく孤立を導く性格のものだった、と福田氏が云うように、一人の人間としての自主性を重んじた美智子妃の躾が、かえって浩宮を孤独で包み込んでしまった。新しい時代の教育を担わされた母の宿命が、浩宮に、将来の君主としての人徳・品格を孤独なまま手に入れなければならぬというより過酷な人生を歩ませることになったのである。躾と自主性という二律背反。伝統と新しさという二律背反を生き抜いた美智子妃と、その二律背反を家庭のなかで生きてきた浩宮。それがつまり、皇太子にとっての家庭での孤独と拘束の意味である。

皇太子には両陛下のような、皇室外での頼りになる親しい友人がほとんどいない。小泉信三のような支えをもっていない。両陛下のおわす家庭で、今上陛下にとっては安らぎであった家庭で、皇太子は孤独を感じざるを得ないとしたらなんとも悲しいことではないだろうか。だからこそ、皇太子は雅子妃との結婚にはばかるこなく強い意志をもっておられるのではないか。

あの人格否定発言は、二律背反を生きる皇太子がだした、ひとつの答えなのである。
(以下、続く)
by le-moraliste | 2006-05-11 04:08 |