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by le-moraliste
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丸山「ファシズム」論と全体主義論――筒井清忠『昭和期日本の構造』②

――承前

まず、丸山眞男の定義するファシズムとは何か。丸山著『現代政治の思想と行動』(未來社)に収録されている「ファシズムの諸問題」「ナショナリズム・軍国主義・ファシズム」の2論文から丸山の考える定義を並べてみる。尚、この定義は「ファシズム」の体制面を中心としたものであって、精神面・イデオロギー面については別に考察する。(私は丸山の論文は読んでいないので、筒井清忠の本にもっぱら準拠。)

①独裁者の出現とその神格化
②議会政治の否定による一党独裁政
③非立憲政
④言論・集会・結社・団結の自由と自主的コミュニケーションの禁止
⑤テクノロジーとマスメディアの駆使による大衆の画一化
⑥テロ・暴力の駆使による「恐怖の支配」
これらの条件を見て、全体主義とどう異なるのか、おそらく明確ではない。全体主義とは、簡単に云えば「個人あるいは個別の集団よりも社会あるいは国家全体が優位するという思想、運動もしくはそういう原理にたつ政治体制」(高畠通敏『政治学への道案内』三一書房)と定義できるが、「それはたんなる独裁や専制体制ではありえないし、前近代的な支配体制や政治思想(絶対主義や社会有機体説)のわくをはみでている」(同書)。そこで一般的な定義に加えて、現代社会の諸条件が組み合わさった条件が考えられている。例えばカール・J・フリードリヒは、全体主義をこう定義している。

a. 現代的なテクノロジーに支えられて
b. カリスマ的指導者によって率いられた単一の大衆政党が
c. 公定のイデオロギー支配の下に
d. 国家経済を統制し
e. マスメディアを操作しつつ
f. 軍隊と警察のテロル支配を完成させる体制
さて、両者を比較してどうだろうか。①と②と③はbに、④と⑤はaとcとeに、⑥はfに該当することがわかるだろう。丸山は経済については触れていないようだが、つまるところ、丸山の「ファシズム」論は全体主義論に吸収されてしまうのである。だが、筒井氏によれば、定義に列挙してはいないが丸山はファシズムを論じるにおいて、もうひとつの最大の条件を挙げているという。それを加えれば。

⑦反革命
丸山によれば、ファシズムは20世紀において反革命が帯びるひとつの形態である。確かに一般のファシズム論にも反共産主義の要素は必ず条件に入れられている。共産主義革命への反革命、ということである。「16世紀における宗教改革、18世紀末におけるフランス革命の地位を20世紀において占めるのはロシア革命である」(丸山)。この直線的歴史観が面白いが、筒井氏はここで、ロシア革命を起こしたボルシェヴィキこそが「反革命」の体制ではないかと云う。

ボルシェヴィキの食糧徴発に憤りを感じていた多くの農民の支持を集め、ウクライナ地方を「解放」して一種の農村的ユートピアを建設しつつあったマノフの運動や、ボルシェヴィキの一党独裁に抗して「言論・出版・結社・集会の自由」などを掲げて立ち上がったクロンシュタットの水兵叛乱などと、彼らを赤軍の軍事力で封殺したレーニンらボルシェヴィキの側と、どちらを「革命」とし、どちらを「反革命」(ないし「擬似革命」)と規定すればよいというのであろうか。
そして筒井氏は、この場合ボルシェヴィキを「反革命」の立場、マノフの運動や水兵叛乱を「革命」の立場だと主張するのである。なるほど、この水兵叛乱の主張はフランス革命と相通じるものがある。両者ともに、ボルシェヴィキの専制に対して「革命」を企てようとしたと云えるだろう。もちろん、ロマノフ帝政に対してボルシェヴィキは「革命」を実現したわけであるから、筒井氏の云うように、ボルシェヴィキも、それに反抗した運動も、「反体制的」=「革命的」とみなしてよい。

つまり、「革命」という言葉が安易に利用されているわけだ。ボルシェヴィキも一度政治的実権を握れば体制側に移動するのであり、その体制に反抗を試みようとする運動が登場すれば、その運動もまた「革命」を志向する勢力となるのが自然である。だから、共産主義革命を抑止するファシズムを「反革命」と云うことには差し支えはないが、ソ連のような全体主義体制にも「反革命」の要素は色濃く現れている。ここにまず、丸山の「革命」「反革命」観にまず疑問を見つけることができよう。さらに云えば、この疑問点が原因となって、共産主義、あるいは共産主義的な思想に対して批判的な勢力を遍く「反動勢力」と呼ぶ習慣が生れる。ここがポイントだ。

ファシズムの特徴に「反革命的」なところがあるのは事実だろう。だがそれは、共産主義革命のみを「革命」と考える限りにおいてである。もし、体制一般に対して体制転覆を狙う運動を「革命」とすれば(これが普通である)、その運動を暴力で抑止しようとする全体主義体制もまた「反革命」勢力となるはずだ。けれど丸山がファシズムの特徴としてわざわざ「反革命」を挙げざるをえないのは、共産主義こそ真の「革命」勢力(それもより良き価値のある)だと暗黙にとらえているからなのである。だが実際は、丸山のファシズム論には全体主義論との明確な相違を認めることはできないのだ。(W氏のご指摘もあり、最初の部分を修正。2005.8.14.)

以下、後日
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by le-moraliste | 2005-07-26 02:35 |