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by le-moraliste
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イラクの゛戦後″民主主義――佐伯啓思「ブッシュの世界民主化宣言への疑惑」

民主主義は自ら勝ち得るべきものか、あるいは他国から贈与されても機能するものか。

この問いはとても興味深いもののように見える。民主主義体制を国民が自ら構築した国は、欧米を中心に、ごくわずかでしかない。欧米以外では、明治維新前後の日本やケマル・アタテュルク下のトルコぐらいしか思い浮かばない。インドを初めとする他のアジア諸国や南米諸国は欧米の植民地を経験しており、「近代」というものをその間経験しているため、自ら民主主義国となったとは云えない。もちろん日本もトルコも、欧米の帝国主義の圧力に晒されて民主主義国となったわけであり、上からの近代化から始まったのであるが、被植民地経験なく議会制民主主義体制を自分たちの手で成立させたことにおいて決定的な差がある。

しかし、日本は大東亜戦争敗戦後にアメリカの占領を経験している(被植民地と占領は違う)。その占領が戦後の日本に及ぼした影響は計り知れないものがある。自ら近代国家となりナショナリティ(国民性)を育ててきた数十年間の経験をわずか数年で覆されたことの精神的衝撃は、今もなお、続いていると云っていいだろう。同じような経験をした国として、今現在のイラクがある。

一時的占領後の民主化、という点では日本もイラクも同じなのである。しかもその相手は、同じアメリカだ。アメリカが塗り替えた日本の民主主義は、「戦後民主主義」と云われる。私は戦後民主主義には否定的であるが、戦後に生まれ育った人間にとって、戦後民主主義は否応なしに身体の内部に染み付いてしまっている。いくら拒絶しようとも、知らず知らずのうちに戦後民主主義的言語空間に慣れてしまっていることの現実は、拭いきれない。イラクはその同じ経験をまさにしつつあるのだ。

『産経新聞』(2月12日付)の「正論」欄で、佐伯啓思氏がこのことを指摘している。

もしも、日本を「民主化」に成功した先進モデルであり、アラブ諸国の手本になるというなら(いいかえればアメリカのいう普遍的民主主義を認めるなら)、それはアメリカによって配給された戦後民主主義をそのまま肯定することを意味する。
相当無理があるとしてもイラク戦争を大東亜戦争になぞらえると、イラクもまた「戦後民主主義」を享受しつつあるわけだ(イラクが戦前に民主主義を経験していないことは大きな違いではあるとしても、自国民の革命なり変革なりで戦後に民主化したわけではない)。しかし、戦後民主主義によって歴史を紡いできた戦後日本の姿は、いったい日本人の誇れるものだったろうか。

戦後の民主化とは何だったのか。われわれはその代償として、日本人の魂と倫理観を見失ったのではなかったか。愛国心を失い、魂を売り渡した民主化をやすやすと是認することはできない。「イラク民主化」を無条件に歓迎するわけにはいかないのである。
戦後60年にして日本はようやく戦後民主主義の清算に乗り出そうとしている。憲法改正が公然と語られる素地が安定して作られていることがその象徴だ。だが、そのために、「60年」という歳月が本当に必要だったのか。逆に云うならば、それほどの間隙を経なければ自国の歴史を取り戻せないほど、戦後民主主義の影響は大きかったのか。

確かに左翼的心情の強かった戦後の日本人と現在のイラク人を、同列には扱えないだろう。けれども、結局アメリカの力によって民主主義が獲得されたという意識は、戦後のイラク人にわだかまりをもたらさないとは限らない(戦後日本人は敗戦によって初めて民主主義を獲得したのだと゛錯覚″するという奇妙な倒錯をも経験した)。日本の左翼思想と同じような役割を、イスラム教が果たすかもしれない。また、各宗派・部族の不統一が懸案とされる現状で、民主主義にとって必須のナショナリティを統合しうるだろうか。

イラク戦争の賛否は措くとしても、このパースペクティヴは重要であるように思う。


【追記】
イラクの民主主義精神について、こういう指摘があった。

フセイン大統領の独裁支配の前には自由や民主主義を認める気風や文化がかなり存在し、それが独裁で奪われた側面を考えれば、国民の間で本来は自然に育っていた近代化や民主主義への希求が人為的かつ強制的に抑えられていた(古森義久『産経新聞』1月1日付)
日本の占領期のような検閲体制はなかったものの、イラクは民主主義の文化が一度根付きかけていたようだから、アメリカが据えた民主主義は、まさに「戦後民主主義」として機能する可能性はある。(2005.7.13.)
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by le-moraliste | 2005-07-12 17:13 | 新聞・ニュース